第三幕 守りたいもの

 本当ならば、オレはあの時、死ぬべきだったんだろう。
 突然奪われた平和な日常は、もう戻って来やしない。
 どうしてあの時、オレだけが生き残ってしまったのか。


 両親の顔はもう覚えちゃいない。
 人生の大半は先生と弟弟子であるラシーンと過ごしてきた。
 オレにとっては、二人が唯一の家族みたいなものなんだろう。


 正直言うと、最初は魔法戦士になりたいなどと微塵も思っていなかった。
 いや、なりたくなかったわけではないが、魔法戦士である必要はなかった。
 とにかくモンスターをこの世から消し去りたい。
 それが叶うなら、どんな職でも良かった。

 弟弟子のラシーンと共に修行するようになり、オレは自分の能力が格段に上がっていくことに気が付いていた。
 こいつと共に戦っていればオレはもっと強くなれる。
 更にラシーンと組めば自分のチカラをもっと引き出せるだろう。

 幸いこの男はおめでたい奴で、何の疑いも根拠もなくオレのことを友と呼び、無闇に褒めちぎって仲良くしようとしてくる。
 いけ好かない、苦労もせずにぬるま湯で育ってきたお坊ちゃんなのだろう。人生の中で挫折などしたことなどないに違いない。
 何もかも気に入らない存在だったが、利用する価値はある。
 適当にあしらっておいて、時々飴をくれてやればすぐに懐いてくるだろうと。


 そんなオレの思惑通り、ラシーンは素直にオレを追いかけてきた。
 剣技はオレのほうが格段に上だったが、呪文やフォースの扱いに関してはオレを脅かすほどの才能があり、驚異的なスピードでチカラをつけていった。
 もともと素質があったのだろう。聞けばかなりいいところのお坊ちゃんらしかったが、何故家を出て修行にきたのだろうか。
 修行が終わっても家に戻るつもりはないらしい。そのまま高位の魔法戦士を目指すということだ。
 何か理由があるのかもしれないが、他人の所在など興味もない。
 ラシーンは自分のことを話すことはほとんどなく、オレも自分のことを話す理由もなかったので、お互いに過去の話を特にすることはなかった。

 しかしラシーンとしては、オレが何故先生に引き取られたのかは気になるところではあっただろう。
 だが、奴は全くその話題に触れることはなかった。
 オレに追いつこうとひたむきに向かってきたし、修行が終わった後、オレと先生が休んだ後も、アイツは明かりもつけず一人で修行に励んでいた。

 口数が少なく必要最低限の会話しかしなかったオレと先生の生活に、ラシーンは明るい風を呼び込んだ。
 最初はお喋りでやかましい奴で、だが何を言われても笑顔で、とても鬱陶しい奴だった。
 口だけの奴かと思っていたが、やるべきことはきちんとこなし、オレや先生が気づかない細かい部分をフォローしてくれることも多かった。

 オレは恥じた。
 ラシーンは恵まれたお坊ちゃんで、素質も才能も元々持ち合わせた運のいい奴だと思い込んでいた。
 だがそれは一部間違っていて、ラシーンは才能に溺れずちゃんと努力していて、オレのような扱いづらい人間にも気を使う、非常に泥臭い努力を積み重ねていた。

 どんなにつらく苦しい修行の中でも、アイツは笑顔を絶やさなかった。
 自分のことは脇に置き、オレをたゆまず励ましてくれ、鼓舞してくれた。
 何がアイツをそうさせたのか――相手がオレだからというわけではあるまい。
 アイツは誰にでも優しく平等で、こんなオレにもその瞳をそらさず真っ直ぐに向き合ってくれた。
 アイツにとってオレは特別な存在ではなかったかもしれないが、友のいなかったオレは、友とは、仲間とは、相棒とはこういうものなのだろうかと少なからず思えさせてくれた存在だった。

 そんな存在だったからこそ、オレは自ら自分の過去を少しだが語ることができた。
 つらく苦しく、無意識に自分の記憶から消したい過去だった。
 同情を乞うわけでもなく、ただ自分の真実を伝えておきたかった。
 両親を殺したモンスターが憎い。オレはそいつらを根絶やしにするため修行してチカラをつけているんだと。
 ラシーンはそんなオレに同情するでもなく、咎めるでもなく、そうなんだねとだけ言った。
 そして、話してくれてありがとう、奴はそう言っていつものように笑顔を見せた。ボクもいつか自分のことを話しておきたいなとも。

 オレはその時、ラシーンに何があるのかはわからなかったが、自分だけが不幸で恵まれないと思い込むのは間違いなのかもしれないとも思っていた。
 奴に何があったのかはわからない。
 笑顔の裏に隠れた闇のようなものは時折感じることはあった気がすれど、特にそこへ言及する気にもなれなかったし、自分のように自然に話せるときが来るのを待つのもいいなと思ったものだ。

 そんな日々が続き、いつの間にかオレにとって先生とラシーンは、家族、いやそれ以上の存在へとなっていた。
 ラシーンと組んで先生の手伝いをしたり、時折先生について依頼を手伝うときや、ともにモンスター退治に赴いてラシーンと共闘するときなど、オレは自分の心が鼓舞するのを覚えていた。
 言葉を交わさずともオレの思惑を読み取り、絶妙なタイミングでフォースと呪文をかけるアイツの手腕に感嘆の溜息を吐くこともしょっちゅうだった。

 楽しい。
 人生とはかくも、こんなにも喜びがあり、笑いがあり、眩しいほどに輝いているものなのか。

 モンスターを斬る快感よりも、ラシーンと息の合った戦闘を完遂するほうが余程オレにとって喜びとなっていた。

 ある夜、ラシーンはオレのチカラになりたいと言ってきた。
 オレの復讐の手伝いをしたいから共に旅に出ようと。

 ラシーンが他人の復讐などに力を貸すとは思えない。
 奴の内心は何となくわかっていた。オレにそんなことをさせないために監視するつもりだろう。

 分かってはいたが、オレはそれ以上にラシーンと共に旅をし、魔法戦士として活躍をすることに心が踊るのを感じていた。
 最近は、復讐という目標よりもラシーンと共に戦いたいという気持ちのほうが少なからず上回っていたことも大きかった。
 両親はオレを守ってくれた。生かしてくれた。オレはその命を尽きるまで何かに役立てたい。素直にそう思えるようになっていたと感じていた。

 オレのように、モンスターに苦しめられている人々の救いになるならば、オレのチカラを役立てられるのなら、この身を捧げよう。
 大切なものを守りたい。ラシーンと共にそのチカラを駆使して悲劇を繰り返さないようにしたいと。
 アイツと共に旅をし更なる高みへ登れば、オレは……オレたちはもっと強くなれるだろうと。

 そう、オレはもっと強くなれる。


著者:狩生
孤独の魔法戦士、バンユウの望んだものとは。