バンユウの様子がおかしいと感じたのは、そんな話をしてからしばらく経った頃だろうか。
 素っ気ないのはいつも通りなのだが、機嫌が悪くあまり笑わなくなったなというぐらいで、何となくいつもと違うなという感覚だったため、ボクもそこまで追及することは出来なかった。

 バンユウは、集中したいという理由で一人で修行をすることが多くなった。
 何か思い悩むことでもあるのかとボクは気に留めたが、過度な干渉は彼の最も嫌がる行為であったので、しばらくは一人にしておいたほうがいいという考えに行きついた。ボクだってたまには一人になりたいときもある。
 ちょうどそのころ、ボクとバンユウは、先生からそろそろ高位の魔法戦士になるために本格的に修行をしてダーマ神殿へ赴くことを予定していたこともあっただろう。自らを更に高めるために、バンユウは集中力を高めたいが故に敢えて一人になっていたのだろうと……。


 それから数日たった頃だったか。近くの村がモンスターに襲われたと聞き、ボクは先生と共に村へと赴いた。
 バンユウはいつもの通り一人で修行したいと言い、外出していた。

 村に着いた頃には、モンスターの姿は見当たらず、既に退治された後だった。
 村人たちに尋ねると、黒髪の魔法戦士がやってきてモンスターたちをあっという間に退治したらしい。
 その強さは尋常ではなく、執拗にモンスターを追い回し、息絶えたであろう後も何度も斬り付けていたという。
 助けてもらったのは事実で感謝はしているが、とても恐ろしい姿だったと村人たちは口を揃えて言った。

 嫌な予感の通り、その村へ赴いた魔法戦士はバンユウであった。
 乱れたフォースの流れを感じ取り、バンユウの行為を先生が咎めようとするも、彼は聞く耳を持たず、先生やボクらにまで攻撃を仕掛けてきた。
「村を襲うモンスターを殺して何が悪い。オマエたちの言っていることは偽善に過ぎん」
 完全にチカラに飲まれている。先生は深くため息を吐いた。
「見ろ、オレの従える属性のチカラを。オレは無敵だ。どんな相手にも負ける気はしない!」
 禍々しいオーラを含んだどす黒いフォースがバンユウを包み込んでいく。
 口の端を歪めて不気味に笑うバンユウの赤い瞳は、かつてのように絶望と憎しみの闇の炎を宿しているかのようだった。

 先生は必死にバンユウを止めようとしていた。
 だがいつものように厳しい言葉で咎めることは、その時のバンユウには逆効果だった。
 バンユウは先生の言うことには聞く耳も持たず、気が付くと彼の姿は消え失せていた。

 明らかにこのところのバンユウは様子がおかしかった。
 ボクは僅かだがそれに気が付いていたのに、バンユウに対して何もしてやれなかったことを後に大いに悔やむことになる。
 聞いたとしてもバンユウは何も言ってくれなかったかもしれない。何の解決にもならなかったかもしれない。
 だがそれでも、何かがあったのであろうバンユウの心に寄り添えなかったことが、ボクの胸にずっと残って離れなかった。


 ボクは、その後ずっとバンユウの行方を密かに探していた。
 先生のもとでの修行を終え、ダーマ神殿公認の高位魔法戦士になってからもバンユウの行方を探し続けたが、手掛かりはなかなか掴めなかった。

 フォズ大神官から依頼を受け、ボクを紹介されたという、スラミチという喋るモンスターを連れた不思議な雰囲気の旅人の来訪を機に、ボクは兄弟子のバンユウの居所を掴むことができた。
 だが既にバンユウはチカラに飲み込まれた後で、ボクの言葉など届かないところへ行ってしまっていた。
 魔物と化したバンユウを止めるため、ボクは旅人のチカラを借り、彼を倒したのだった。


 こと切れる間際、バンユウは正気に戻ったようだった。
 自分はチカラを得た気になって、そのチカラに溺れていたのだと。
 先生の教えも彼はちゃんと覚えていた。やはり彼は、心の芯まで闇に染まってはいなかったのだ。
 ボクは今にも泣きそうな顔をしていたのだろう。横たわるバンユウはボクの顔を見て、あの頃のようにふっと薄い笑みを浮かべた。
 オマエたちは決してオレのようになるな。彼は息も絶え絶えにやっとのことで言葉を紡いだ。
 バンユウがまだ何か言おうとしていると気づき、ボクは彼の口元に耳を寄せる。悲しいことにその声は聞くことができなかった。
 だが、ボクは彼の閉じられた瞳から、僅かに一筋の涙が零れ落ちるのを見た。

 決して人前で涙を見せることのなかった、バンユウの最初で最後の涙だった。
 彼はそのまま、ボクの腕の中で息を引き取った。

 彼が根城としていた岩山は、簡素で殆ど物は置かれていなかった。
 こんな寂しく冷たい岩の上で、彼は長い間一人で過ごしていたのか。そう思うと、今までの色々な感情がごちゃ混ぜになり、一瞬気を失いそうになる。
 すると、羅針盤を背負ったスライムが、心配そうな視線を向けてボクを気遣っていた。
 ボクは心配無用というように笑顔を浮かべ、バンユウを止められたのがボクたちで良かったと心の底から言った。
 最期に正気に戻ってくれたのも彼らのお陰だ、と感謝の言葉を述べる。
 見ると、一筋の涙を流したバンユウの顔は、穏やかな笑みに包まれていた。
 それは今まで見たことのない、とても穏やかで安らかな顔だった。


著者:狩生
ダーマ神殿公認の高位魔法戦士、ラシーンの独白。