第二幕 兄弟子との約束

 その日、ボクらは語り合ったんだ。
 この修行が終わって、ボクたちが神殿公認の魔法戦士になったら、モンスターから世界の皆を救う旅に、共に出ようと。

 兄弟子のバンユウは、比類なき才能の持ち主だった。
 幼いころから先生に弟子入りしていたようで、スタートラインが既にボクよりも早いというのもあるけれど、それ以上に天性の才覚があったと思う。
 不愛想で思ったことをはっきりと言うけど、たまに寂し気な瞳で遠くを見つめることがあったり、ボクや先生に文句を言いながらも結局のところは心配してくれるなど、根はやさしく繊細な人でもあった。
 ボクはバンユウを兄弟子としても、一人の友としても尊敬していた。


 一度、先生からの頼まれごとで遠くの町へ行った時の帰り道、悪天候だったこともあり見知らぬ森に迷い込んだことがあった。
 その際、見たこともない凶悪なモンスターに囲まれたが、不思議と先生といる時よりもバンユウと共に戦うときのほうが安心感を得られた。
 戦場で背中を預けられるのは、ボクにとっては彼しかいない。

 ボクの唱える呪文やフォースを明確に察知し、言葉を交わさずとも目配せだけでボクのタイミングに合わせて軽やかにモンスターを倒し切っていた。
 ボクの思うところへ走り、剣を振り下ろし、そしてボクの背中へ戻ってくる。
 天才とはまさにこうなのだと思い知らされる。
 未熟なボクの能力を、否が応でも高めてくれたのだ。

「オマエはオマエが思っているほど弱い奴じゃない。このオレと渡り合える奴はそうはいない」


 君には才能があると言ってくれたのは先生もそうだったが、ボクのやる気を鼓舞させるためで、真実からの言葉ではないと思っていた。
 バンユウは天性の才能があり、自分はまだまだ未熟だと思い知らされたものだ。
 ボクは無意識にやさぐれて卑屈になっていたのかも知れない。バンユウは先生のように直接褒めたたえることはしなかったが、ずかずかと僕の心のうちに踏み込んできた。

 それは単純に、へらへらしているボクが気に入らなかっただけのかも知れない。
 きついことも言うが根底では実直で誠実なバンユウは、共に行動したり手合いをすることの多いボクが弱いままだと、自分にとって都合が悪いなどと言いつつも、結果的にボクの能力を引っ張り上げてくれたのだ。


 そんなバンユウは、先生に連れられて依頼を手伝った時など、モンスターと相まみえることがあると必要以上にモンスターを攻撃し、それらを見据える瞳は恐ろしく冷たく鋭いものだということにすぐに気づいた。
 モンスターのことが嫌いなのかとバンユウに尋ねたことがある。
 するとバンユウはそうだと答え、オレは両親をモンスターに殺されたんだと少しではあるが過去を語ってくれた。
 いつかこのチカラが強力なものになったらモンスターに復讐する。彼はそんなことも言っていた。
 そのために先生の弟子になり、修行をしているのだと。

 復讐なんてしても死んだ人は帰らない。そう言うのは容易いことだ。
 だが、安易な言葉はバンユウを傷つけることになるだろうと、ボクはその言葉を飲み込んでこう言った。

「ボクも、アナタのその復讐の手伝いをさせてくれないかな」

 バンユウは出会った当初こそ心を開いてはくれなかったが、徐々にボクたちにも慣れてきたのだろう、他愛もない会話で少しではあるが冗談を言ったり微笑んだりもしてくれるようになっていた。
 少年から大人になり、少しは丸くなったのもあるのだろうか。

 ボクの提案を聞くや否や、バンユウは何を言っているんだというように眉をひそめた。
 オマエには関係ない、オレ一人の問題だと彼は言った。
「強力なモンスターはまだまだ世界に多い。ボクと二人のほうが色々と協力し合えると思うよ」
 お互いに得意な分野も弱点もあるため、互いにフォローできることも多く、有利に戦えるだろうと論じた。
「ボクはアナタを助けたい。共にその気持ちを、思いを背負わせてくれないかな」

 バンユウに復讐などさせるつもりは毛頭なかった。
 協力するふりをして、監視も兼ねて共に旅をしているうちに心変わりしないかという安直な考えだった。
 だがもう一つ、ボクは純粋にバンユウと別れることが寂しかったのだろう。
 ずっと衣食住ともにし、共に修行をしてお互いの心は全てにおいて理解し合えている。奢りかも知れないが、バンユウもそう思っていたはずだ。
 バンユウは薄い笑みを浮かべ、ボクを見た。
「何を企んでいるのかは知らんが、オレの気持ちは変わらんぞ」
「じゃあ……」
「オマエと旅をするのも悪くない。まだちゃんと勝負もついていないしな」
 ボクらは修行の合間に手合わせをして、よくその勝敗を競っていた。だがほぼ引き分けで終わっており、決着をちゃんとつけたいからなとバンユウは言った。
「オーケー。約束だよバンユウ」
第二幕挿絵


著者:狩生
ダーマ神殿公認の高位魔法戦士、ラシーンの独白。