私が弟子を取り修行させていることは、知り合いや近くの住民に知れ渡っており、そんな噂を聞きつけた家の者が寄越したようだった。
 その少年の名はラシーンといった。
 真っ直ぐな銀色の髪の毛に、澄んだ碧眼で、顔立ちは整っており上品だ。
 年の頃はバンユウより少し下だろうか。黒髪で赤く鋭い瞳を持つバンユウとは対照的な外見である。
 ラシーンは、地元では有名な高貴な家の生まれの少年だ。それゆえ言葉遣いや立ち振る舞いは上品で、育ちの良さを感じ取れた。


「バンユウ、君は今日から兄弟子になる」

 バンユウは修行に関しては真面目だったと前述したが、他の人間と交流することを拒んでいた。
 たまに町中へ買い物に連れて行っても、顔見知りになった店主や大人たちには礼儀正しくはあったが愛想がいいとは言えなかったし、同じ年頃の子供とも仲良くする気配はなかった。
 私がそれとなく遊んできなさいと言っても、友達なんか作っても修行の邪魔になるだけですと答えるだけだった。

 ならば共に修行仲間として同じ年頃の子供を引き取ればいい。私はそう考えた。
 ラシーンは性格も穏やかで人当たりも良く、バンユウの相手としてはうってつけだったのだ。


 ラシーンはとても気の利く、いわゆる「良い子」であった。
 魔法戦士としての才能にも恵まれており、バンユウと良いライバル関係を築けているようだった。伸びしろが頭打ちになったと思われた時も、お互いに能力を高め合い、二人はぐんぐんと成長していったのだ。

 いつしか二人は心を通わせ、お互いを一番の仲間でありライバルであり、相棒として認め合っているように見えた。
 常にどこか暗い影を落としていたバンユウも、ラシーンと話しているときには僅かだが笑顔を見せるようになったのだ。
 炎と雷のフォース、剣技を得意とするバンユウに、氷のフォースと呪文を駆使するラシーン。
 性格が正反対の二人だが、純粋に魔法戦士としての能力が高く剣技も抜群のバンユウのチカラを、冷静で頭脳明晰なラシーンが補助をして生かす。
 彼らは互いの弱点や強みを生かし、二人で組んでモンスター退治などを次々とこなしていった。


 私では手に負えなかったバンユウの心のケアもラシーンは担ってくれた。
 彼らがどんな会話をしていたのか細かい部分は知らないが、ラシーンはむやみやたらにバンユウの心に踏み込もうとはせず、常にバンユウはすごい、天才だねと誉めていた。
 それは彼の素直な気持ちだったのだろう。
 嘘偽りのない真っ白なラシーンの心に、バンユウもまた時には「能天気な奴だな」と呆れたように憎まれ口をた叩きながらも、ラシーンの才能は認めていたようだ。

第一幕挿絵


 二人が修行に打ち込んでいるときは勿論、私から頼まれ町中に雑用に赴くとき、三人で食卓を囲み食事をとるとき、寝る前の僅かな自由時間に星空を見上げながら他愛もないことを語り合うとき等――、バンユウは、出会った頃の絶望に満ちた瞳ではなく、生命の光がほんの少しだが輝き、私やラシーンを見て穏やかに目を細めて笑むことも多くなったように感じた。
 ほんの僅かの間でも、彼が悲惨な過去の出来事を忘れられる、そんなひと時になっていたのではと思っていた。


 そんな穏やかな日々が続いていたのに、運命の歯車は一体どこで狂ってしまったのだろうか……。


「魔法戦士のチカラとは、万物の属性と調和し借り受けるもの。それを忘れてはならない」


 私のその教えに背き、バンユウは、属性のチカラを自らのチカラとして支配下に置こうとした。
 己のチカラに溺れ、チカラを暴走させようとしている。私は強くそれを制したが、バンユウは聞く耳を持たなかった。


 その翌日、バンユウは私たちのもとから姿を消した。


 やがてラシーンはダーマ神殿公認の高位魔法戦士となったが、任務の合間を縫ってバンユウを探していたようだ。
 だが、バンユウの行方は何処として知れなかった。



 しばらくして、ラシーンが私のもとを訪れ、バンユウが死亡したことを知らされた。


 ラシーンは多くは語らなかった。
 謎の魔法戦士が魔物の住処を荒らしているという噂は私も耳にしており、ともすれば、私の弟子バンユウの所業であるかもしれないと懸念してはいたが……。

「バンユウは最期に正気に返りました。先生の教えもちゃんと覚えていましたし」
「そうか……。つらい役目をさせてしまったな、ラシーン」
「バンユウに何が起きてああなったのかは分かりません。でも、もし何か外部の力が彼をそうさせたのであれば、ボクは絶対にそれを許すことはできない」
 ラシーンは拳を強く握りしめていた。
「だって、彼はボクと約束したんです。いつか二人で旅に出よう。世界は広い。この目でもっと広い世界を見たいって。
 あれは嘘だったっていうんですか」
 彼があんな嘘をつくなんて思えない。そういうとラシーンは帽子の鍔を下げて表情を隠した。

 私はバンユウの出会った頃を知っている。残念だが、バンユウはバンユウの意思であの選択をしたのだ。
 親を殺され故郷を追われ、モンスターを心の底から憎んでいた。それが彼の生きる糧でもあり、生きる理由だったと私は思う。
 それがラシーンという存在により、曖昧に薄れかかっていたとしても、彼は復讐という道を選んだのだ。

 そうとでも思い込まなければやり切れない。私は彼を救えなかった。
 ラシーンにも、兄弟子を敵として討つというつらい思いをさせてしまった。
 彼がバンユウの変化を、外部の何かのせいにしたいという思いも無理はない。

「ボクはしばらく旅に出ようと思います。彼と共に歩みたかった世界を、見せたかった光景を目に焼き付けたいんです」

 旅に出たとしても、ダーマ神殿の任務は受けることが可能であるゆえ、私はそれを止める理由はなかった。
「――こんな顔してたらバンユウに怒られちゃいますね。オマエはもっとへらへらしているほうがお似合いだって」
 ラシーンはそういうと、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 無理するな、私はそれだけ言い、かつての愛弟子を見送るのだった。


著者:狩生
バンユウ、ラシーン、二人の師だった者の手記。