第一幕 かつて「先生」と呼ばれた者の手記

 私がその小さな少年と出会ったのは、小さな山間の村だった。
 私がたどり着いたときは、既に大量のモンスターたちにより村は無残な状態だった。
 なぜその村が襲われたのかはわからない。私はモンスターを追い払いながら、未だ所々で炎が立ち昇る中、焼け落ちた家屋の中に生存者を探して回った。
 だが、村人はほとんどがこと切れていた。中には僅かに助けを求めるものもいたが、私は医者でも僧侶でもない。聖職者や医者のもとへ連れて行こうにも、人数が多すぎるうえに、ここから近くの町まで何時間もかかる。
 気休めにもならない言葉をかけるのが精一杯だった。辛うじて生き残っていた村人たちも、すぐに息を引き取った。
 すぐに近くの町の兵士に知らせ、村人たちを弔わねばならない。心を制し、私がそう考え始めた時、まだモンスターが何体か一所に集まっていたのに気付いた。
 まだ生き残りがいて襲われているのかもしれない。私は足早に近づいて呪文を唱え、威圧してモンスターを振り払う。
 すっかり屋根の焼け落ちた家屋の一階の床に、恐らく貯蔵庫であろう扉が半分ほど開いているのが見えた。
 その中で、小さな子供がぐったりと横たわっていた。
 こんなに幼い子供までが……私が血に濡れた黒髪に手を触れると、子供は僅かに呻く。
 よく見ると、頭部に怪我はしているが軽傷のようだ。私はその子を抱きかかえ、村を続けて見てまわったが、彼以外に助かりそうな者は見当たらなかった。


 村のことはいったん街道沿いの兵士に調査を頼み、私は子供の手当てをするために宿をとった。
 彼はすぐに目を覚ました。私を見て不思議そうにしていたので、簡単に事情を話した。
「そんな……。じゃあ父さんと母さんは……」
 彼は大粒の涙をこぼして泣きじゃくる。無理もない。まだ年端も行かない子供だ。だが私は嘘はつかずに淡々と事実だけを述べた。
 私が村人たちを弔いに行くというと、彼も行くと言い出した。
 村は酷い有様だ。子供の心には耐えがたいものがあると諭したが、どうしても両親や友達を探しにいきたいという。


 彼の怪我は大したことはなかったので、翌日二人で村へ向かった。
 近くの町から派遣された兵士たちが、瓦礫や村人たちの遺体を片付けている。
 火も消し止められたようで、ところどころまだ黒煙が上がってはいるが、近づけないほどではない。
 彼の両親らしき遺体は、恐らく彼が匿われていたのであろう、床下倉庫のある部屋、その扉の前で折り重なるように倒れていた。
 幼い彼には耐えがたい光景であっただろう。両親のほかにも、友人や知り合いの村人たち全てが無残にも引き裂かれ、ズタズタにされ、絶命していたのだ。
 彼の恐怖と苦しみ、怒りと憎しみ、深い悲しみの入り混じった感情が、隣にいる私にも伝わってくる。
 気分が悪くなったらいつでも言いなさいと彼に伝え、私は静かに彼を見守った。


 時間はかかったが、兵士たちにも手伝ってもらい、可能な限り村人たちを運び、埋葬した。
 彼はしばらく両親の墓標の前で佇んでいた。私はそっと彼の肩を抱く。彼はこみ上げるものを一気に吐き出すよう、大粒の涙を流した。
 無理もない。まだ両親に甘えたい年頃であろうに……。


 だがそれ以降、彼が涙を流している姿を私は一度も見ることはなかった。

 少年は、名をバンユウと名乗った。
 バンユウは、両親や友、生まれ故郷を失くし、完全に生きる気力を失っていた。
 村の片付けが一段落すると、それまで休むことなく兵士たちを手伝っていたバンユウは、無気力に虚空を見つめることが多くなっていた。
 頼れる親族もいないようだったバンユウは、兵士たちに孤児院へ行くよう勧められたが、私は彼を放ってはおけなかった。


「バンユウ、私のもとで修行しないか」

 当時、私は旅の途中で、魔法戦士としてさらなる高みを目指し、修行も兼ねて世界中を渡り歩いていた。
 以前は弟子をとり修行をさせていたこともあり、子供の世話をするのには慣れていたことも、彼を連れて行こうとした理由の一つだ。

「君には魔法戦士としての素質がある。私ならそれを引き出すことができよう」

 これは半分は賭けだった。
 誰にでもほんの少しならどんな職業にもなれる可能性はある。そして強くなれるかどうかは本人次第だ。
 私がそこまでして彼を連れて行こうとしたのは、それまで培ってきた一種の勘のようなものだった。
 それともう一つ、彼をこのまま放っておけば、何をしでかすか分からない。
 絶望の淵に立たされた人間は、自らの感情を制することが難しくなる。まして幼い子供ならなおさらだ。

 強くなりたくないかという私の問いかけに、バンユウは僅かながら反応した。
 私の修業を真面目に受ければきっと強くなれる。そしてダーマ神殿公認の魔法戦士になれば、君のようにモンスターに襲われた人々を救うために戦うことが出来ると、私は彼を説得した。
「――えらいひとの、こうにん? で、モンスターをころせるんだね」
 バンユウが、ふっと項垂れていた顔を上げた。
 絶望に満ちた目の中に、僅かに輝く光が見えたような気がした。だがその光は、私には黒く燻る闇の炎に見えたのだが――。
「殺すのではない。退治だ」
「意味は同じじゃないか」
「違うよ。――尤も、私の修行に耐えられたらの話だ。私の修業は厳しいぞ」
 死んだような目をした幼子が、また生きる気力を見出してくれるのならば動機は何でもいい。
 その時の私は自分の言動が最適解だと信じ込んでいた。

 私は彼を連れて住処へ戻り、魔法戦士としての修行を開始した。
 といっても、彼はまだ幼い。文字の読み書きや計算の仕方など、一般常識もままならない年齢であろう。
 まず私は教えられる範囲で、社会に出ても困らない程度の知識を彼に教えることにした。

 バンユウはとても優秀で賢く、礼儀正しくもあり、両親に愛されて大切に育てられたのだろうということが窺えた。
 性格も真面目で、言われたことはきちんとこなした。ただ、彼の瞳にはいつも暗い影があり、誰に対してもなかなか笑顔を見せることはなかった。
 元々そのような性質だったのか、モンスターに襲われて思い詰めるようになったのか――。
 それとなく尋ねたことはあれど、彼が自分について語ることはほとんどなかった。


 バンユウの魔法戦士としての才覚に気づくのに、そう時間はかからなかった。
 正直なところ、どの職業にも向き不向きがある。
 稀にどんな職でも万能にこなす者もいるにはいるが、それは何年かに一度現れるか現れないかの逸材で、俗にいう「勇者」や「英雄」、もしくは彼らと共に戦う「盟友」等と呼ばれる者だ。
 殆どの者は自分に向いている一つの職業を極めることが多い。

 バンユウの魔法戦士としての才能は目を見張るものがあった。
 それまで呪文を使ったことはなかったようだが、いざ講じてみると、めきめきとその実力を発揮した。
 私が言葉にして説明することを、彼は感覚ですんなりと受け取り、すぐに会得して見せた。
 幼いため吸収力が強いこともあったようだが、何よりも彼の生まれ持っての才がそうさせたのだろう。
 バンユウ自身も、自分がどんどん強くなっていくことに悪い気はしなかったようで、私の命じた厳しい修行も弱音を吐かず続けていた。


 そんな折、私のもとにもう一人の少年が弟子入りしてきた。


著者:狩生
バンユウ、ラシーン、二人の師だった者の手記。