ラシーンと別れ、バンユウは一人街中を歩いていた。
 ちょうど日も傾き、食事処からいい匂いが漂い始めている。飲み屋もそろそろ暖簾を出す時間であろう。

 飲食店を眺めながら何を食べようか考えていると、視界の端に、見覚えのある生徒たちが談笑している姿が入ってきた。
 すると三人の男女のうち、頭のてっぺんで金髪を結った女子生徒が、バンユウに気づいて手を振る。
「あっ、バンユウ先生!」
 赤いリボンを付けたポニーテールの少女が手招きした。バンユウは無視することも出来ず、ゆっくり近づいた。
「一体何をしているんだ」
 バンユウは呆れ顔で女子生徒――パーシルに問いただす。
 パーシルにがっしと両肩を掴まれているのは、銀髪をツンツンに逆立てた鋭い目つきの男子生徒――ジャンピエと、その傍らに黒髪の利発そうな男子生徒――英雄(えいゆう)がいた。
 パーシルは、ハロウィンの仮装衣装であろう、とんがり帽子をかぶった魔女の格好をしており、英雄はミイラ男の装いで、ジャンピエは今まさにヴァンパイアの衣装を着せられている最中であった。
 パーシルと英雄は満面の笑みで楽しそうだったが、ジャンピエはどう見ても迷惑そうな表情をして、体も大きく拒否するように反らし、彼女から逃げようとしているところのようだ。
「先生一人? 今日はラシーン先生と一緒じゃないんだ」
「セットみたいに言うな。オマエたちもハロウィンの仮装中か」
「そうそう! 先生もジャンピエを押さえとくの手伝って」
「だからオレは着ないと言っているだろう…」
 黒いマスクの下は恐らく苦虫を嚙み潰したような顔をしているであろうジャンピエは、心底嫌そうな声を出した。
「またまた~! さっき私たちが着替えてる間、ノリノリで鏡見てたこと知ってるんだからね、このナルシスト」
「なっ……」
「最初はゾンビにしようとしたら不服そうだったから、見た目のいい吸血鬼にしてあげたのに。そんなに見てくれ気にするんだ~、やっぱりラムシーさんにいい恰好見せたいんだね」
 パーシルが白い歯を見せて意地悪そうに笑うと、ジャンピエは何も言い返せず黙ってしまう。
「先生も、似合ってると思うでしょ? ジャンピエの衣装」
「……まぁ、そう、だな…」
「――今、こいつに逆らうと面倒くさいって思っただろバンユウ先生」
 ジャンピエがそっとバンユウに囁いたが、聞こえてるわよ、と言いパーシルはげんこつをジャンピエのこめかみにぐりぐりと押しつける。すると英雄が、苦笑しながらやんわりと二人の間に割り入った。
「まぁまぁパーシル、その辺で勘弁してあげて。――それにジャンピエ、僕たち今年で学園卒業だよね。学園生活最後のハロウィンとして、僕もパーシルや君と一緒に記念写真撮りたいな」
 英雄が少し寂しそうな笑みを浮かべると、ジャンピエは、分かったよ、と渋々折れたようだった。
「何よー、英雄君の言うことは素直に聞くんだからジャンピエってば。でも私もその意見には賛成! あとでみんなでプリクラ撮りに行こ! あ、先生も一緒にどう? もちろん先生も仮装するのが条件だけど」
「遠慮する。仲良し同士水入らずで行ってくるといい。そういえば、オマエたちといつも一緒にいる、もう一人はどうした」
「あー、あの子はちょっと……別行動で……」
 パーシルは珍しく言葉を濁したが、すぐにジャンピエたちに向き直る。
「よしっ! 衣装も決まったことだし、メイクもしないとね。次はメイク屋さんに行くわよ~!」
 パーシルは二人の男子生徒の手を取り、力強く引っ張った。
「じゃ、先生、さよなら! また学校でね!」
「さようなら」
「またな先生」
 三人は口々にバンユウに軽く礼をし、去っていった。
 バンユウは、気をつけてな、と声をかけ、再び歩き出す。


著者:狩生