大樹の木漏れ日

  木々の隙間からこぼれ落ちる淡くやさしい光に、体全体を包み込まれる感覚に陥る。
  ふと脳裏によぎる、朧気な色は、あたたかな赤と、豊かな緑。
 大木の根本に座り込む姉を見つけ、大変お待たせしてすみません、と、セーニャは苦笑いを浮かべながら、眠っている姉を起こそうと、肩に手を触れる。
 刹那――――。

 掴もうとした手が、空を切る。
 水の中の泡のように、姉の姿は天へ向かって消え失せた。
 彼女が常に携帯していた、深紅の宝石をその先に冠した杖が、乾いた音をたてて大木の根本に倒れる。
 セーニャは無意識に呼吸を止め、杖だけがむなしく横たわる木の根本を凝視した。

(お姉さま?)

 頭の中の理解が追い付かない。
 あの日、大樹のもとへたどり着き、勇者の剣を手に取ろうとしたそのとき、背後から勇者が襲われ、世界は魔の手に落ち、だが、勇者が世界中にばらばらになった仲間たちを探しだし、そして最後の一人であるベロニカを見つけだしたのだ。
 セーニャもあの日以来、姉には会えていなかった。

(……っ…お姉さま?)

 ざわ、と木々が揺らめく。
 なにも聞こえず、なにも見えず、茫然とその場に膝をつき、セーニャは、小さな声で、しかし姉を呼ぶ声を止めることはなかった。


「……セーニャ、セーニャってば、どうしたのよ」
「…っ」
 気がつくと、目の前に、心配げな姉の顔があった。
 大樹を背にし、ベロニカの顔は陰を含んで少し暗いが、時折風に揺らいだ木々の隙間からこぼれ落ちる日の光が、彼女とセーニャをやさしく包む。
「…お、ねえさま?」
 セーニャは目をぱちぱちと瞬く。すっとひとすじ、涙がこぼれおちるのがわかった。
「大丈夫? セーニャ?」
 やさしく声をかけたのは、自分と共に旅をしてきた、導き導かれてきた、魔王を倒すべき勇者だ。ほかの仲間たちも、心配そうにセーニャを見ている。
「私、あの…、えっと…」
 セーニャは、涙の理由を言おうとし、だが、それと同時に、直前に見た映像が波が引くように消え失せ、なぜ自分が涙を流しているのかわからなくなっていた。
「やっとここにたどり着いてほっとしたんだよね。ここまで来るの、大変だったからね」
 お疲れさま、ありがとう、と微笑む勇者に、ベロニカが軽く肩をすくめる。
「びっくりさせないでよね。大樹を見上げた途端、急に倒れるんだから」
 言いながら、ベロニカも眩しそうに空へ向けて仰ぎ、日差しを遮るよう小さな掌を青い瞳の前に掲げる。
「ま、確かに美しいわね、この景色は。みんな無事に来られて、本当に良かったわ」
 さらっと言ったベロニカの言葉に、セーニャをはじめ、仲間たちの全員が大きく頷いた。
 薄れた記憶の中に、その言葉を噛み締めながら。

 温かい太陽の光を受けて輝く大樹。
 こぼれ落ちる、やわらかな光。

「本当に、美しいです」

 セーニャは姉の言葉に同意し、言葉を噛み締め涙をぬぐうのだった。


著者:狩生
2018年の始めごろに、Twitterでラムダ姉妹版ワンドロ・ワンライのタグ参加したときに書いたSSです。